大麻を栽培する事で名をあげるのはほぼ不可能です。

近年、大麻栽培コンテストや収穫祭の開催により、世界の中でも最高品質の大麻栽培者は少しずつ世間に認められ始めていますが、ほんどの分野で法律などの制限により匿名となっています。しかし、ひとつの大麻草から新しい品種を作り出している栽培者がわずかな注目を集めています。

販売店で買おうが、ディーラーから買おうが、どの葉っぱを吸うか(OG KushかSour Dieselか)はわかっていても、栽培者まで気にする人はほとんどいません。アップルパイを作るときにGolden DeliciousかFujiか、リンゴの種類で選ぶのと同じように、生産者で選ぶ人は珍しいでしょう。

 

質の高い大麻を栽培するのと、賞を受賞した大麻栽培者の大麻の違いは、

大麻草にかける時間と手間で決まります。

 

消費者がどれほど葉っぱの種類に興味があり、どれほど栽培者にはないのかははっきりとはわかりませんが、私が誰かに大麻についての記事を書いているというと、最初に聞かれるは私の好きな葉っぱの種類です。誰もお気に入りの栽培者の話はしません。

 

でも毎回毎回そうなのか、と聞かれると違う時もあります。

ワインに例えると、ワインは葡萄の種類と生産者、両方の情報があります。大半のお客さんが気にするのは値段か、メルローかシャルドネか、赤か白かであり、栽培方法や生産方法ではありません。そんな中、品種やブドウ園の価値をみて購入する人もいます。だから同じ容量750mlで同じ品種、同じ年のワインでほぼ同じアルコール含有量のワインが2つあっても、こちらでは3ドル、あちらでは300ドルで売られているのです。

 

最高品質の大麻を育てるのはお金になるだけではありません。収入がいいに越したことはないですが、正直高品質の大麻草を育て、賞を受賞するのは手間や労力がかかる割に、見返りは少ないです。正規であろうが不正規であろうが、栽培者としての義務を果たし、質の高い大麻の取引を誠実に行う業者は指で数えられるほどです。そんな中でもこの業界の流れを変えた数名の人物がいます。

 

シンミセラの開発者

出典:Leafy

スペイン語で「種なし」の意味をもつ言葉「シンセミラ」は早い段階で雄の植物を畑から取り除き、雌のみの畑で栽培されます。これには2つの効果があり、

ひとつは、雌のみの畑で育った大麻草にはTHCが豊富に含まれています。ふたつめは、雌花は受粉をすると樹脂の生産をやめてしまいます。雄の植物を間引きすれば重宝される雌の植物が育つスペースも増えますし、種は作らずにできるだけ多くの樹脂が生産されます。

 

この方法は1970年代に北アメリカで広まりました。大麻喫煙者は長い間、

種を取り除く時間に頭を悩まされていましたが、高品質で、種ものないシンセミラは衝撃の体験でした。

 

この名の通り、メキシコにあるサティバ畑で働いていた無名の人物がこの方法を生み出したと言われていますが、一方ではフンボルト群で開発されたと主張する人もいます。しかし大麻研究者であり執筆家のFred Gardnerは種なし栽培はもっとはるか昔から行われていたと言っています。

 

Gardner氏はCounterpunch(著書)で、北カリフォルニアの栽培者は彼らが「シンセミラ」を開発したと主張するでしょうが、古いインドやモロッコの伝統的な方法で育てられた大麻畑の写真をみると、植物は大きく、花も豊かに咲いてる、ということは、彼らは雌の大麻草の樹脂量を増やすため雄の大麻草を抜く必要があると知っていた、と書いています。

 

George Van Patten (a.k.a “Jorge Cervantes”)

出典:Leafy

「1階に行くつもりだったけど、地下まで行ってしまった。でも後悔はしていません。」

「自分の好きな植物を育てることを仕事にできるのに、なぜ気に入らない仕事を続けるんですか?」

ーJorge Cervantes

情報:Horge Cervantes Ultimate Growという栽培者用のビデオを作成しています。とても良い経験になりました。

 

1983年にGeorge Van Patten(以下ペンネームのJorge Cervantes)はカンナビス(大麻草)について、高品質な大麻草を生産している栽培者とその情報を書いた本を自己出版し、100万冊以上を売り上げました。彼は大麻とその栽培者、どちらも大切にしています。

 

事実、初期の執筆本「grow bible」には何年もかけ、自身でメキシコや南カリフォルニアの地元の栽培者を調べあげた情報が載っています。そのコピーを何度も何度も仲間と読み返し、やっと小さな本を自己出版しました。最終的にそれが彼のベストセラーとなりました。

 

「大麻を育てるのが楽しくて夢中でやっていたらこうなっていました。他のことは向いていないんです。」彼はインタビューでそう答えました。「自分の好きな植物を育てることを仕事にできるのに、なぜ気に入らない仕事を続けるんですか?1970年代後半は、まだ大麻栽培は違法で、普通の世界に生きていると思っていたけど、ブラックな世界にいるんだと気付きました。でもひとつも後悔はしていません。」

 

一般的な大麻の概念が変わり、栽培方法の規模も大きくなったにも関わらず、Van Pattenは裏庭や地下、狭い場所での栽培に焦点をあてています。自分の薬を栽培したい人、住宅ローンの支払い、子供の学費、あるいは大麻で逮捕され生活の再建が難しい人でさえ、大麻を育てることで収入を得ることができるようにです。世界中の大麻祭りや、会合で「普通の仕事」をしないでくれてありがとう、と彼に助けられた栽培者たちが感謝を伝える列が絶えません。

 

Mahmoud ElSohly

「サンプルを調査したSisleyによると、高レベルの鉛とカビが見つかり、大麻と呼べるものではなかったたらしい。」

アメリカで唯一大麻栽培農家としてDEAによって連邦政府から許可され、12エーカーの農場と屋内栽培施設をミシシッピ大学に持っています。1968年に開設し、National Institute On Drug Abuse (NIIDA) の監督下で法的に認められた大麻の研究を行っています。シーズン中屋外栽培では500キロもの収穫数になるにも関わらず、屋内栽培はシーズン中10キロにしかならないという研究結果を出しています。

過去、NIIDAはこの施設を医療用大麻の研究に使う事を拒否し、大麻のデメリットのみを研究していました。うまくいきませんでしたが、研究者たちは長い間DEAにNIIDAの研究所の閉鎖を訴えていました。

 

一方、1978年にOle Miss FarmがCompassionate Investigational New Drugというプログラムの元、患者たちに無料の医療用大麻を提供する機会を得ました。

連邦局により厳重に管理されたこのプログラムはGeorge H.W. Bush政権の政治圧力よって、1992年に解散するまで、最高で30名が参加しました。登録されている患者たちも年を取り、残り少なくなりましたが、現在も4名がこの治療を続けています。

 

フロリダのFt.Launderdaleに住んでいる Iev Rosenthalは、300個のジョイントを毎月受け取っています。約13万回は吸える量です。ミシシッピ大学の大麻施設の責任者であるMahmoud Elsohlyに気を使ってか、品質に関しては何も言いません。

 

ElSholy氏はSTARニュースで、アメリカで唯一の法的に許可された大麻栽培者になるのと同時に、何が変わったか尋ねられるとこう答えました。

 

初期段階では、私が生産していた大麻草に含まれるTHCは最大でも3~4%と思っていました。研究者からの要望と一般的に吸われていた大麻に含まれる量がそうだったからです。

 

最近では、治験研究者たちはもっと高い効力がほしいので、8%のTHCを含む原料を生産しています。彼らは臨床試験で被験者にそれを投与し、もっとも試験数が多い被験者はそれに耐えることができませんでした。電話で彼らは「これでは強すぎる」と言ってきたので、私は「わかっています。でもあなたたちが言ったとおりにやりました」と言いました。

 

ElSohkyはインタビューで好戦的な態度で、研究者たちのコミュニティーは敵のように彼のことを睨み、研究の悪口を言っていると答えました。

 

2017年のケースでは、大麻の研究をしているDr Sue Sisleyが慢性的な外傷後ストレス障害を抱えている76人の退役軍人の治療に使用された、ElSohlyとOle Missの施設より提供された大麻の質への苦情を公表しています。

 

「大麻と呼べるものではありませんでした。」とSisleyは語っていて、ラボが調べた大麻には鉛が含まれているものもあり、約束された効力とはかけ離れていたそうです。Ole MissがTHC13%とうたっているのにも関わらず、8%のTHCしか検出されませんでした。

 

しかし、彼らはまだ大麻の提供を続けているのです。2016年にDEAが

Bulk Growing Licenses申請を開始し、供給の独占は終了しましたが、最近では16件の申請を受けたにも関わらずひとつも受理されていません。

 

Ed Rosenthal

出典:Leafy

「次に耳に入ってきたのは、起業家、政治家、投資家たちが医療用大麻の合法化を訴えているということでした。市民の不屈なき精神と協力なしでは成しえなかったと覚えておいてください。」

 

1974年の最初の発行からHigh Timesの雑誌にEd Rosenthalの大麻栽培に関しての報道が記載されてきました。増加する個人で大麻栽培を行う人々に焦点を当てた、彼のコラム、「エドに聞く:マリファナの真実と嘘」は数少ない大麻の専門家の記事として40年もの間受け継がれていきました。

 

コラムのコピーは今も残っており、Rosenthalは自身の本を出版するためQuick Trading Publishingを設立し、大麻についての著書を書いている仲間と研究者についても記載しています。また、彼は、医療大麻合法化のための活動家でもありました。

1999年、カリフォルニア州オークランドに家があったRosenthal はカリフォルニア州によって「市の役員」として医療用大麻の栽培をするよう任命されました。

3年後、連邦政府は州によるその計画を強制捜査し、Rosenthal を逮捕しました。法廷で、彼の弁護士は患者のための医療用大麻であることと、オークランドより任命を受けたことを主張しました。

 

有罪判決が下れた後、のちに詳しい状況を理解した陪審員たちは判決を非難しました。

 

New York Timesによれば、Rosenthalは100年の刑期と450万ドルの罰金に処される可能性がありましたが、アメリカ地方裁判所の判事Charles Breyerは懲役1日の判決を下しました。Rosenthalは控訴し、2006年に9th Circuit Appeals Courtは彼に下された判決を覆しました。

 

数か月後、判事がすでに彼への刑務所での刑期延期はないと誓ったにも関わらず、オークランドが彼への医療大麻栽培計画を暗黙していたため、新たな陪審員たちは彼を有罪とし、刑期を延ばしました。

 

DEAや司法省の監査から逃れるために、連邦局は医療用大麻栽培者たちに警告を送りましたが、栽培をやめるところはありませんでした。

 

次に耳に入ってきたのは、起業家、政治家、投資家たちが医療用大麻の合法化を訴えているということでした。市民の不屈なき精神と協力なしでは成しえなかったと覚えておいてください。

 

Afghani教授

「最初の屋内栽培のシステムは今で言うDIYの賜物でした。土に植えられた植物に手で水をやり、別の用途で使用されていた電球を光として使用していました。」

 

大麻の栽培が規制されていなければ、屋内で大麻を育てようとは誰も思ないでしょう。監査を恐れていないのであればわざわざお金をかけて、屋外でも育つ植物を屋内で育てる必要がありますか?例えを変えると、ワイン生産者がぶどうを室内で育てたり、ビールのホップを屋内で育てたりしますか?

 

見本がまったくない中、屋内栽培を始めた第一世代は太陽のない生活(雨や風)をし、なんどもなんども失敗を繰り返しました。最初の屋内栽培のシステムは今で言うDIYの賜物でした。土に植えられた植物に手で水をやり、別の用途で使用されていた電球を光として使用していました。この環境で育った大麻の評判はもちろん良くありませんでした。

 

1970年代の水耕栽培への移行は屋内栽培の流れを変えました。しかし、歴史を遡ってみると土を除外した方法は、バビロンの庭のハンギングバスケットのようなもので、NASAの研究者によってやっと前進した分野です。その時代に、そのようなレベルの大の麻栽培者を見つけるのはほぼ不可能でしょう。では1996年まで進んで、High Timeが発行したThe Million Dollar Growroomを見てみましょう。

 

この考え抜かれてできた畑、ロックウールキューブに植えられた大麻は栄養素入りの媒介が入っているトレーに並べられ、余分な水は貯水槽に流れていきます。現在のカルチャー雑誌の編集者Danny  Dankoは語ります。この栽培方法はただバケツにいれた大麻草を屋内で育てるものとは違い、研究所が生産性を考え作りあげたものです。Afghani教授の記事は基本から段階的に説明されています。親株から株分けする段階から、開花期の水の引き方、換気と二酸化炭素量の調整など秘密に考えられたシステムでは、土で栽培した場合に匹敵する1年間で100万ドルの収穫量をあげています。

 

Afghani教授は編集者にも自分自信のことは明かしませんでした。しかし、彼は世界中に大麻栽培に関しての研究を広めることに情熱を注いでいます。屋内栽培のレベルを上げるための努力は確かに大麻栽培の流れを変えています。